10年前からファンだった声優が結婚した時、
7月7日の昼だった。
昼食の弁当の蓋をあけて、冷えて少し強張った白米に箸を突き立てる。
いつもと同じ、少し孤独で、気持ちの落ち着く一人だけの昼食だ。
これもいつも通り。
変わらない日常から一つだけ違ったのは、Twitterの画面を更新した時に水樹奈々オフィシャルアカウントのツイートが目に入ったことだ。
ツイートにぶら下がっていたブログのリンクを開く前に、その時が来たんだと予想できた。
ブログに書かれていた内容は予想通り、結婚報告だった。
それを目の当たりにした時の自分の感情は今はもう正確には思い出せない。
大好きなアイドル声優の結婚にショックを受けて絶望したってわけでもなく、それでいて無関心でもなかった。
唯一間違いないのは、諸手を挙げて祝福していた訳じゃないって事だ。
前からネットには“本当のファンなら推しの結婚は祝福するべき”という意見が支持を得ていて、逆に発狂したり闇落ちしてアンチ化するのはナンセンスな雰囲気がある。
だが、俺としては推しが結婚したら取り敢えず落ち込んで発狂するのは古き良きオタクの様式美として残しておくべき文化だと思うのだ。
という訳で俺も発狂してメンヘラポエムの一つでも書き上げようかと思ったんだが、上にも書いたように然程ショックでもなく、かと言っておめでたいと喜べるほど素直でもなかったためメンヘラポエムを書くほどの熱量がなかった。
数年前の俺は間違いなく水樹奈々にガチ恋していたんだけど、今回の結婚報告でいつの間にか自分が只の平凡なファンになっていた事に今更気づいてしまったのだ。
そういえば、スマイルギャングやMの世界を毎週聴くのもやめていた。
何年か前まではそれこそ毎日、水樹奈々の情報を集めるのが生活の一部になっていて、ラジオを聞き逃したら次の日はニコニコ動画に転載があがるのを待っていたりしていたのに。
自分でも気づかないうちに少しずつ水樹奈々は俺の生活の中から抜け落ちていき、そして今ではこのザマだ。
きっと理由は色々あるけど、それを分析したところで意味はない。
ただ、かつてに比べて腑抜けたとは言え俺は間違いなく今でも水樹奈々のファンだ。
奈々さんの演じるキャラクターが好きだし、奈々さんの歌う歌が好きだ。
奈々さんのライブほど楽しく盛り上がれるコンテンツに今後の人生で出会える気が全くしない。
ファンだ。
ファンなのだ。
ファンであるならば、祝福しなくてはいけない。
ファンとしてあるべき姿を示すことでしか、ファンであると証明し得ない。
水樹奈々さん、ご結婚……
おめでt
あああああああああっ!!!!!!!!!
嫌だ!!!!!
嘘だ!!!!!!!
結婚なんて嘘だ!!!!!!!!!!
認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない!!!!!
引退するまで結婚しないって言ってたじゃないか!!!!(※言ってません)
10年間ずっと応援してきたのに、俺を置いていくのか……
俺が顔も知らない男の物になってしまうのか……
奈々さんのために使った俺の時間は、お金は何だったんだ。
いつかこんな日が来るのが怖かった。
奈々さんが躍進していく姿を応援することで自分も一緒に成長しているような幻想を抱いて、それを真実だって思い込んで生きてきた。
でもそれが夢だって現実を叩きつけられる日が来ることはわかっていたんだ。
でも、ずっとずっと目を背け続けていた。
10年間追い続けてきた幻想の光が消えるときが来てしまったんだ。
今日から何を目指して生きればいいんだ、誰が俺を照らしてくれるんだよ……
何もない、何も残ってない。
この10年間で同世代の奴らが築いて来た物を、俺は何も持っていないんだ。
あるのは無数のペンライトとライブTシャツだけだよ……
奈々さん、行かないで……
俺の希望の光のままで居てくれ……
とまぁこんな感じで僕なりの“様式美”とします。
水樹奈々さん、ご結婚本当におめでとうございます!
奈々さんがよくおばぁちゃんになっても歌を歌いたいって言ってたので、僕はおじいちゃんになってもずっとずっとファンです。
以上、推しが結婚したときのケジメの一筆でした!